アロマヒーリング、星よみ、カウンセリングのトラインサイクルで

有名なことわざがくれる力「人間万事塞翁が馬」

2019/06/23
 
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星よみアロマヒーリングセラピスト aijyu.。ふたりの息子の母親。心の暗黒時代を経て、人は皆、自分自身を癒す力があることを実感。幸せのヒントを発信したり、人が自分の価値に気づき、人生を輝かせるためのお手伝いをしたいです。お問い合わせ等は随時受けつけてます。インスタグラムもよろしく。https://www.instagram.com/aijyunoki

「人間万事塞翁が馬」

上の子が、まだ保育園へ上がる前、子育て支援センターに置いてある本を読んでいたら、このことわざが出てきました。

 

意味は、人生における幸や不幸は、いつでも、どちらにも転じ得るのだから、いちいち喜んだり悲しんだりすることはない、ということです。

 

いわれの物語

昔、中国の、ある城塞に老人が住んでいました。塞翁の塞とは砦、翁は老人の意味ですね。

 

 

ある時、老人の馬が逃げ出し、近所の人は気の毒がりましたが、老人は「かえって良いことになるかもしれない」と、気にしませんでした。

 

 

そのうちに、逃げた馬が良い馬をたくさん連れて戻ってきました。

 

 

近所の人は喜びましたが、老人は「かえって悪いことになるかもしれない」と言いました。

 

 

すると、老人の息子がその馬に乗って落馬し、足の骨を折ってしまいました。

 

 

しかし老人は「かえって良いことになるかもしれない」と言いました。

 

 

そのあと国で戦争が起こり、多くの若者が命を落としました。

 

 

でも老人の息子は足を折っていたので、戦争に行かずに済んだのです。

 

見ているところが違う

塞翁はいつも、近所の人たちとは反対のことを言ってますね。なんてひねくれ者なんでしょう。(⌒∇⌒)

 

 

でも結局は、塞翁の言う通り、悪いと思ったことが良いことになり、良いと思ったことが悪いことに転じています。

 

 

塞翁と近所の人たちとでは、見ているところが違ってますよね。

 

 

近所の人たちは、「馬が逃げた」とか「足を折った」とか、目の前の出来事だけを見て、良い悪いを判断してます。

 

 

塞翁は目の前の出来事の、その先はどうなるだろうか、と、常に「その先」を見て、良い悪いをすぐに判断しようとはしていません。

 

「良い」「悪い」の基準

そもそも「良い」「悪い」の基準とは、何でしょうか。

 

 

確かに、「馬が逃げた」とか「足を折った」というのは、あまりありがたくないことですよね。

 

 

ただ、人によっては「馬が逃げた」=「世話をしなくていい」とかも思うかもしれません。

 

 

「足を折った」=「誰かに仕事を頼んで休んでいられる」とも思えます。

 

「良い」「悪い」は、人それぞれ

人や状況によって、「良い」「悪い」には多少なりとも幅があると考えられます。

 

 

自分にとっては許せないことでも、ほかの誰かにとっては笑ってすませられることであったりしますよね。

 

 

そう考えると、「良い」「悪い」の絶対的な定義というのは、ありえないように思えてきます。

 

 

「いやいや。このことは絶対的に悪い! 」と言う人は、その人にとってそう言い切るだけの、「その人なりの」事情があるのかもしれません。

 

人生は「良い」「悪い」を織り交ぜた織物のようなもの

私自身、結婚して夫の両親と同居し、子どもの誕生などで、今までの自分の価値観とぶつかることが沢山ありました。

 

 

私は小さいころ、「生きていくうちに色々と成長して、大人になるにつれて、すべてはだんだん良くなっていくんだろう」と思っていました。

 

 

だから、子どものうちは辛いことがあるけど、大人になったら楽になるんだ、と考えていたのです。

 

 

でも、そうではなく、良いことのなかにも悪いことがあり、悪いことのなかにも良いことがあるのだ、と感じるようになりました。

 

 

「良い」か「悪い」か、どちらかにキッパリ分けることなど、できないのです。

 

 

人生とは、「良い」ことも「悪い」ことも、そのほかの様々なこともを織り交ぜた織物のようなものです。

 

 

それらすべてを織り込んだ織物を、丸ごと抱えながら、私たちは生きています。

 

この世の法則

「良い」「悪い」に対する感覚の変化もあってか、何かにつけ、このことわざを思い出すようになりました。

 

 

そしてもうひとつ、このことわざの意味を実感する後押しになる観念に出会いました。

 

自然な状態であれば、物事は良いほうへと傾いていく

これまでに色々な本を読んだりしてきたなかで、どうやら、物事というのは、良いことが起こるほうが、ほんの少しだけ確率が高いそうなんです。

 

 

宇宙の法則や気功の世界観などでは、大きな流れに任せていれば、自然に良いほうへと傾いていく、と言われています。

 

 

ただそれは、いつも怒ってばかりいたり、誰かを恨んだり、自分を哀れんだり、しなければ、ということです。

 

 

感情は、自分自身の一部ですから、押さえつけずに認めてあげることは非常に大切なことです。

 

 

でもそのことに捉われすぎると、自分を見失ってしまいます。

 

目の前の出来事に捉われすぎない

「物事が良いほうへ傾いていく自然な状態」とは、まさに塞翁のような状態をいうのだと思います。

 

 

ただ、私は、目の前の出来事に一喜一憂してもいい、と思っています。

 

だって人間ですから。

 

 

私たちは皆、喜んだり、悲しんだり、怒ったり、落ち込んだり、いろんな感情を経験するために生まれてきたんだと思っていますから。

 

 

塞翁のような境地、とは、何か大きな流れにすべてを委ねているような感じがします。

 

 

そもそも、辛いことや苦しいことがあっても、自分は今こうして生きています。

 

 

そのこと自体が「物事はすべて良いほうへ傾いている」結果ではないでしょうか。

 

「塞翁」がキーワード

私は、どうしてこんな悪いことになったのか、と思うことが起きても、頭のどこかに「塞翁、塞翁」という言葉が浮かんできます。

 

 

すると「この出来事には何か意味があるんだ」と思えて、「今、この状態で、ここから、出来ることって何だろう」と考えられるようになります。

 

 

「今」をそのまま認めて、判断は大きな流れに任せることで、目の前に道が開けていくような気がします。

 

 


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