アロマヒーリング、星よみ、カウンセリングのトラインサイクルで

「ヒマ」「退屈」な時間ができたらじっくり浸って喜ぼう

2019/09/26
 
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星よみアロマヒーリングセラピスト aijyu.。ふたりの息子の母親。心の暗黒時代を経て、人は皆、自分自身を癒す力があることを実感。幸せのヒントを発信したり、人が自分の価値に気づき、人生を輝かせるためのお手伝いをしたいです。お問い合わせ等は随時受けつけてます。インスタグラムもよろしく。https://www.instagram.com/aijyunoki

「ヒマ」「することない」という時間ができた時、あなたはどうしますか?

 

ついついテレビやスマホに手を伸ばしていませんか。

 

実は「ヒマ」「退屈」な時間というのは、とっても贅沢で、自分にとって貴重な時間なのです。

 

忙しすぎる毎日

仕事が終わった! と思ったら、メールやラインが来ていてチェックして、返信を書いているあいだにもうこんな時間! ということもよくあります。

 

 

私は家でできる仕事をして、ほとんどは「主婦」として毎日過ごしていますが、それでも「するべきこと」に追われていると感じています。

 

「ヒマ」「退屈」はいけないこと?

「何かをしている」ことが、今の社会では「当たり前」のことになりすぎていると私は思います。

 

 

たとえ時間ができても、休暇をとっても、旅行に行ったりイベントや買い物へ出かけたり、と、常に「何かしていなくちゃもったいない」感が感じられます。

 

 

事実、私の夫は、数年前の連休中、家族で旅行へ出かけて、のんびり観光しているときにこう言いました。

 

 

「やることがなさすぎて、ダメになる」

 

 

忙しい仕事へ戻るのがつらい、という意味もあったのだと思いますが「何もしない」ことに罪悪感を感じているような様子が窺えました。

 

 

「ヒマ」「退屈」でいられない

日常的にも、夫や子どもたちは時間が空くことを嫌がって、すぐテレビを見たり、どこかへ出かけたがったりしたがります。

 

 

まあ子どもというものは、常に「遊んで」おらずにはいられないものですからね。

 

 

また「主婦」という立場も、「働かないで家にだけいればいい」という「ヒマ」がある人として敬われにくいものです。

 

 

以前、私が平日の午前中にいつものスーパーへ買い物に行った時のことです。

 

 

買ったものを袋詰めしていたら、隣にいた年配のご婦人が「平日の昼間、ヒマで働いてないのなんて、アンタかあたしくらいのもんだわー」と突然話しかけてきました。

 

 

おそらく彼女の「ヒマであることの罪悪感」が言わせた言葉だったのでしょう。

 

 

「ヒマ」「退屈」であることに罪悪感を感じているにも関わらず、ほとんどの人は、休みたい、のんびりしたい、と言っています。

 

 

そして実際、休暇がとれると、休んだりのんびりしたりせず、出かけたり何かをしたがったりするのです。

 

「余暇」の意味

日本の社会で「余暇」の時間が増えていったのは、1970年代の高度成長期ころからです。

 

 

がむしゃらに働かなくても安定した給料が保証され、日曜日だけだった休日も土日になり、家電も発達して家事も楽になり、経済的にも時間的にも余裕ができました。

 

 

社会調査でも人々の「余暇」に費やす時間が、次第に増えていきました。

 

休むための経済発展だった

経済的、時間的余裕を持つことが、経済発展のひとつの目的だったのだと思います。

 

 

家電などはまさにそれで、家事が大変なお母さんに休める時間を与えるために、と開発されたのではないでしょうか。

 

 

ところが実際は、休む時間を得ると、人々はその時間を、今度は違うもので埋めようとするようになりました。

 

 

そうしないと時間が「もったいない」と感じてしまうのです。

 

 

そして結局、自分たちを「忙しく」させてしまうのです。

 

「何もない」ことの不安

人は何かがあると安心できるので、安心できるものを抱えこんで手放そうとしなくなります。

 

 

「ヒマ」「退屈」な時間は、することが「何もない」状態なので、なんだか自分がなんの役に立っていないような気持ちになってしまうのです。

 

 

また、「時間を無駄にした」といった、なんとなく損をしたような気持にもなります。

 

 

「何もしない」ことは「無駄」「損」「役に立たない」ことと結びついてしまっているようです。

 

 

自己肯定感が低いと言われる日本人にとっては、特に感じやすい感情なのかもしれません。

 

 

ですから「損」をしないように、「余暇」ができると、何かで埋めようとしてしまい、結果かえって疲れてしまったりします。

 

 

「余暇」を手に入れるために経済発展を頑張ってきた日本人は、今は手に入れた「余暇」を「埋める」ための何かを作ろうと頑張っているように思えます。

 

 

そして、相変わらず「ああ忙しい、休みたい。のんびりしたい」と言っているのです。

 

「ヒマ」「退屈」を喜ぼう

「損」や「無駄」なこと、と言うならば、「ヒマ」「退屈」な時間を味わえないことのほうが、よほど「損」で「無駄」をしていると言えます。

 

 

せっかく、のんびり、退屈できる時間があるのに、何かをして「無駄」にしてしまっているのですから、明らかに「損」してしています。

 

「もったいない」ことは何なのか

もちろん自分の好きな事をしたいと思うのは当然のことです。

 

 

でも、それを味わって楽しめなくては、ただ疲れるばかりです。

 

 

以前、旅行へ行ったとき、歴史的建造物を前に、写真ばかり撮っている人がいました。

 

 

自分の目や感覚で味わうことをせず、ただただカメラにおさめようと必死になっているように見えました。

 

 

現地で写真を撮ることによって、「実際に見た」気になって安心できるのだと思います。

 

すべてをカメラに収めようとしているうちに、そこでの見学時間が終わってしまい、その人は「撮りきれない」と呟いていました。

 

 

私から見たら、自分の目でしっかりと見なかったことは「もったいない」と感じましたが、その人にとっては「できるだけ多く写真を撮っておかないともったいない」ということだったのでしょう。

 

「ヒマ」「退屈」はとても贅沢

何もすることのない「ヒマ」「退屈」な時間は、とても贅沢な時間なのです。

 

 

その贅沢な時間を味わい、楽しめないことこそ「もったいない」と私は感じます。

 

 

社会が、人々が求めてきた贅沢な時間は、あなた自身が作り出すことができます。

 

 

時間があいた、と思ったら、ラインやメール、テレビやDVD、もしくは時計までもを、自分からシャットダウンしてみましょう。

 

「何もない」ことこそ贅沢

何もないからと言って不安になることはありません。

 

 

「何もなくても、自分はここにいていい」と思えることが大切です。

 

 

そう思える時間を、少しずつでも取っていくことで、自分が自分でいることに安心できるようになります。

 

 

「ヒマ」「退屈」「何もすることない」と感じる時があったら、「私ってすっごい贅沢! 」と味わいましょう、喜びましょう。

 

 

自分の外側に意識が向かないことで、自分自身に意識を向けてあげられる貴重な時間にもなります。

 


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